ワーママのアメリカと日本の子育て

弁護士の子育てサバイバル日記

子連れプエルトリコ

先日マイアミについて書いたので、今日はクリスマスに行ったプエルトリコについて。

 

まずプエルトリコって、あんまり今まで意識したことなかったけど、ビザの関係でアメリカ国内にいなきゃいけない、けどあったかいところ行きたい、一言でいうとカンクン(メキシコ)みたいなリゾート行きたい!と思ってたどり着いたのがここだった。政治的にはアメリカ国内、と言い過ぎると難しいところだけれども、入国審査なく入れるというスムーズさが旅行者には嬉しい。

 

ハーバードの同級生にプエルトリコ出身の人がいたので、その人に現地情報聞きつつ(これが全部正確じゃなかったのは彼女の愛嬌、、、(笑))、ネットを駆使して調べるも、英語でも日本語でもほとんど有益な情報がない。プエルトリコは、スペイン語で検索しないといけないらしい。わざわざ日本から「地球の歩き方」を送ってもらったのだが、プエルトリコはたった数ページ。やることあんまりないのかな。世界遺産なんだけど。まぁそれならそれでいっか、リゾートだし!

 

宿泊先は、大きなプールと子ども用プールのあるシェラトンにした。よくわからないときは、ホテルのブランド名に頼るしかない。

 

まず事件その①。

 

真冬のシカゴから真夏のプエルトリコに行ったので、ビーサンなどはビニール袋に入れてスーツケースに入れていた。夫がホテルに到着してスーツケースを開け閉めしているうちに、スーツケースのチャックにビニール袋が絡まってしまった。

 

開かなくなったスーツケース。

 

力自慢の筋肉夫。

 

夫が力まかせにスーツのファスナーをこじ開けると、絡まっていたビニールがさらに凝縮されて塊になった。ある程度開いたので中身は取り出せるようになったが、塊になってびくともしないビニールにより、もうスーツケースを閉めることができない。

 

ネットで検索すると、「逆方向に引っ張ってみる」「生地をゆっくり引っ張る」などと出てくるが、びくともしないし、絡まっているのは生地ではなくビニール。ライターで温めるというのがあったが、持っていないので部屋のドライヤーでやってみるも、ファスナーをつかんでいる手が熱くなるだけで効果なし。

 

そこで、ホテルに備え付けであったソーイングセットから針を取り出し、地道に、カスのようなビニールを少しずつただただ掻き出すことに。原因はそこにあるからね。夫は気になるのか、息子がまだお昼ご飯を食べている途中なのに、自分はさっさと食べ終わって部屋に戻り、チクチクビニールをつついていた。

 

滞在期間中4日間、夫は暇を見つけてはビニールのカスを掻き出し、ついにファスナーが動いて無事スーツケースの開け閉めができるようになった。筋肉はいらなかった(笑)。いじくりすぎて、ファスナーを支える両脇の布地部分が完全にのびきってしまったが、今のところ、まだそのスーツケースは現役だ。

 

事件その②

 

プエルトリコからマイアミに移動するため、プエルトリコの飛行場にホテルから向かったときの話。

 

子連れあるあるだが、予定よりも出遅れ、急げーー!となっていたところ、チェックアウトをしようにも、担当者は一人で先客がいる。その先客、目的は不明だが、どうやら支払いを現金でしており、しかも紙幣ではなく全てコインで払っていた。プエルトリコもアメリカのドルが通貨なのだが、紙幣ならまだしもコインで支払うなんてまず見たことないし、そもそも普通クレジットカードだ。そして、わりとご高齢の方だったと思うのだが、ご丁寧にポケットからコインを一枚、一枚、と出すのだ。早くしてくれーーーーー!!せめてポケットからまとめて出してくれ!!

 

ようやく我が家の番になり、こちらはたった30秒でチェックアウトは終わって、Uberを呼んで乗り込む。飛行場へ向かう。Uberを降りる。航空会社でチェックインする。チェックイン番号は、、、

 

、、、!?

 

携帯がない。携帯がない。携帯がない。

 

Uberに忘れてきたのだ。パニックになった私は言葉を失う。本当に困ると、騒げないものです。静かに、ショックに打ちのめされる私。

 

もう一つ、会社用携帯も持っていたので、Uberの運転手にコンタクトをとろうと、ネットからUberのアカウントに入ろうとしたら、セキュリティがかかっており、暗証番号が私の私用携帯に送られる。だから、その私用携帯がないから外からアクセスしているんですけど!

 

忘れたのが私用携帯で、会社携帯じゃなくてよかったと思えば前向きになれるかと思い、とりあえず「最悪の事態ではない」と声に出して言ってみる。

 

はっと、GmailにUberの領収書があるはずだと思い出し、とGoogleからアクセス。が、そも電子領収書もアプリと連動しているので、アプリがインストールされていない携帯上でクリックしても、ネット上でログインしないと情報にアクセスできない。振り出しに戻る。

 

すると夫。「その会社携帯から(私用携帯に)電話かけてみれば?」

 

おぉぉぉぉ!ロックがかかっていても、電話は確か出られるはずだ。マナーモードになってるから気づかれないかもしれないけど、、、

 

ワンコール。ツーコール。スリーコール。

 

お願い、気づいて!気づいて!!気づいてくれーーーーーー!

 

Hello?

 

出た!!やった!!!

 

ん?

 

なんで女の人の声?Uberの運転手は男性だった。

 

どうやらUberの運転手は英語が話せないらしく、代わりに次の乗客だった彼女が電話に出てくれたそうだ。やはりプエルトリコはスペイン語圏。けれど観光地。英語は共通語。ありがとう。ありがとう。

 

しかも、彼女もちょうど飛行場に向かっているという。私たちがいるところに寄ってくれるとのこと。あぁ助かった。ありがとう。

 

無事携帯を受け取って搭乗したときには、もともと時間ギリギリだったのが超ギリギリになっていた。何とか間にあった。飛行機乗る前に息子をトイレに連れて行けなかったけど、いいのいいの。携帯、帰ってきてくれてありがとう。親切な人、ありがとう。Uberの運転手さん、ありがとう。

 

乗った飛行機は今までになく荒い運転で、マイアミに着陸したときには車体が数回飛び跳ねた。夫はすっかり酔ってしまった。息子は怖がって言葉を失っていた。私は一人、携帯を撫でつつ微笑んでいた。

 

 

 

子連れマイアミ旅行

今となってはコロナ真っ盛りで旅行するのも憚られる場所となってしまった、マイアミ。去年の冬休み、寒い寒いシカゴから、かんかんと照る太陽を求めてマイアミに行った。当時はコロナも何もなかったので、今振り返ってみると、何だか10年くらい前の出来事だったような気もする。

 

マイアミには、プエルトリコに寄ってから行った。シカゴはマイナス20度、プエルトリコはプラス30度、マイアミはプラス25度ということで、プラスとマイナスが同じ国の中でこうも逆転するのか、という気温差だった。そしてマイアミは湿度がものすごく高く(確か90%だった)、プエルトリコよりも暑かった。本当に暑かった!

 

というのは一日目だけで(笑)、ビーチを楽しみに来たのに雨が、、、この湿度といい、本当に乾期なのだろうか、というくらい雨が降った。旅行は天気に振り回されますね。天気で気分も変わるし。考えてみれば、天気予報は未だに当たらないし、天気ってかなり偉大。(笑)

 

一日目は期待どおりの天気だったので、半日だったけどビーチで遊べた。出だしが遅れてしまったのは、レンタカーの手続きに2時間以上かかったからだ。2時間立ちっぱなしはきつい。予約はもちろんしていたが、ハイシーズンだったからか完全にスタッフの数が足りていない、、、というか多分数としては足りてるんだけど、とにかく分業しすぎてて一人一人が自分の狭い役割しかやらない(アメリカでよくみる光景)、、、チェックイン用タッチパネルとか導入していて効率的かと思いきや、車の受け渡し係が一人しかいなくて結局効率が悪すぎる、、、息子が車好きで、車を見ているだけでも飽きないのが救いだった。さすがマイアミ、レンタカーでもベンツ、ポルシェなど高級車の行列!

 

とにもかくにも、ビーチに到着して一安心。いわゆるマイアミのビーチは人工だし、パーリーピーポー(!)がたくさんいて子連れにはちょっと、と思っていたので、ノースマイアミのビーチに行った。小さいビーチだったけど、水は綺麗だし静かで、そして駐車場がたくさんあるので(これ大事!レンタカー混み混み状況からわかるように、マイアミのダウンタウンやビーチには車が溢れており、駐車場見つけるのは相当困難)、子連れにはオススメだ。

 

夫と息子が、砂浜で何やら作っていたので近づいてみると、小高い丘がいくつか連なっている。なんと、それはNBA選手だった。まぁ、筋肉隆々(笑)。ドウェイン・ウェイドという選手で、シカゴ出身でマイアミ・ヒートで活躍した選手なので、まさにシカゴからマイアミに来た我々にぴったりということらしい。

 

二日目は、エバーグレーズ国立公園に。晴れたかと思ったら雨が降り、もうやばいかな、帰ろうかと言っていたら青空が現れたりして、どっちつかずの天気だった。

 

が、エバーグレーズ、とにかくワニいすぎ(笑)。雨降ったからなのかな。オーランドでもワニを見に行ったけれど、比じゃない。しかも近い。でもワニに近づきすぎると、どこからともなく公園の係員がやってきて、「5フィート離れて!」と声を掛けられる。コロナは他の人と6フィート離れるように、というのが基準なので、ワニとの方が近くていいということか(笑)。あの尖ったでっかい歯のある口に噛まれたら終わりだな。なお、ワニは別に人間を食べないらしいが、身の危険を感じると人間にも攻撃して噛みつくらしい。右腕を骨ごと飲み込んでしまうのだとか、、、うぉ。

 

最大のエンターテイメントはエアボート。湿地の中をエアボートで駆け抜けて、ずぶ濡れになる。息子大興奮。親も大興奮。めちゃめちゃ気持ちいい!気に入りすぎて、3日目もエアボートに乗ったのだが、違う会社のを試したらこちらは微妙。なんせスピードが遅すぎる。行くならぜひEverglades Arigator Farmへ。

 

このEverglades Arigator Farmには餌付けショーなどもあり、ワニ見すぎてワニ皮の財布が欲しくなってしまうくらい(笑)、ワニまみれになることができる。

 

ワニはそんなに賢くないみたいで(笑)、ネズミの匂いがすると、口を大きく開けたままただただひたすら待機している。全然動かない。スタッフがネズミを投げると、口を閉じるけれど、キャッチしていない(笑)。頑張れ、ワニよ。

 

ワニの肉を使ったハンバーガーも売っていたが、さすがに食べる気にはなれず、、、ニューオーリンズでは、ワニ肉のホットドッグが有名だが、確か豚か鶏肉とミックスしていたと思う。職場の上司がニューオーリンズ大好きなので、一度シカゴのニューオーリンズ料理のお店に行ってこのソーセージを試してみたが、別に普通だった(笑)。ワニでも何でもミンチにしたら多分一緒!(笑)

 

あと知らなかったのは、Aligatorとcrocodileの違い。口の形で見分けるそうだ。そして、crocodileの方が、Aligatorより獰猛らしい。Aligatorだから近付いてもいいのかな(まぁ5フィートまでだけど)。なお、crocodileの革の方が綺麗らしく、Arigatorの革製品よりも高いらしい。ハーバードロースクールのマスコットは、その安い方のAligator(=a litigator)だけど。(笑)

 

3日目は、動物園に行った。予約制の動物園で、ツアーを申し込まないと入れないのだが、ツアーガイドさんは、もう心から動物を愛しています(もちろんベジタリアン)、という感じの人で、人間とも話すけれど、動物とずっと会話している感じの人だった。本当に通じ合っているようにみえた。動物園でガイドさんの解説を聞く、というのはあまり経験がなかったので、こういう人に解説してもらえるのは、すごく貴重な機会だった。

 

あとこの動物園で面白いのが、例えばライオン。普通の動物園は、ライオンがいても種類は一種類で、いても一匹か二匹。ここの動物園は、ライオンが何種類も、何匹もいる。ライオンの種類の違いなんて、今まで考えたことなかった。

 

一番のお気に入りは、トラと黒ヒョウ。この二匹は何かがきっかけで仲良くなったらしく、別々の場所にいたところをスタッフの計らいで同じ場所で飼うことになったらしい。私たちが見学したときは、重なりあいながら仲むつまじく寝ていた。かっこいい系がかわいいとぐっときます(笑)

 

最後のお楽しみは、動物との触れ合いコーナー。息子も、怖がりながらも蛇を首に巻き、カメラを向けると、モデルのようにニッコリ笑顔を披露してくれた。蛇といっても何種類もいたので、息子は「kids size」の一番小さい蛇を選んでいた。猿や鳥などもいたが、動きすぎて私もちょっとびびってしまい(笑)、蛇に落ち着いた。フンを被ってしまった人もいたが、そこはご愛嬌(=私じゃなくてよかった(笑))。

 

その後、天気もまぁ持ちそうだしもう一度エアボートに乗りたいと、エバーグレーズへ。前日と違う入口から公園に入ると、また全然別の場所に来たような印象で、エバーグレーズすごい、ほんと広い!来てよかったなーーー!と感嘆。まぁ2回目のエアボートはしょぼかったけれども(笑)。

 

ワニばっかり見ていた前日と違って、トレイルに羽を広げ続ける鳥がいたりして、あまりに固まって動かないので、羽広げたまま死んじゃったんじゃないぁと思っていたら、帰り道に再び発見すると今度は羽をちゃんとしまって草をつついており、よかったよかったと、安心して帰った。あの鳥は、羽を広げて何してたんだろうか。威嚇?それとも羽を乾かしていたのだろか。。。

 

そして最終日。きました、どしゃ降り。もう一度ビーチに行くことは諦め、Frostという科学館に遊びに行くことに。

 

ここが、めちゃくちゃよかった!雨降ってくれなかったら行けなかったから、これもなにかのご縁。ここぞ、子連れマイアミ旅行、必須の目的地。

 

朝一番から行ったので、特に最初の方は空いており、息子も自由に走り回って大興奮。息子が走るのにあわせて色が変わったり、スクリーンに自分の映像が映し出されて恐竜から逃げたり。他の惑星や月の重力を反映したブランコのようなものや、ガリレオが考案した実験道具なんかもあった。

 

砂場も単なる砂場ではなく、上から光があてられていて、色別標高図になっている。うまく説明できないが、高い山を作ると、標高線が山に映されて、高いところは赤色、低くなるにつれてオレンジ、黄色、黄緑色、、、となり、一番低いところは水色が投影されている。

 

自分の遺伝を調べるセッションもあり、親子で参加して、親指の形はパパとママどっちから受け継いだか、などを調べた。私も知らなかったのだが、髪の毛や目の色など、見た目だけじゃなくて、特定の物質を「にがい」と感じたり「甘い」と感じたりするのも、優性遺伝と劣性遺伝があるそうだ。4歳の息子が「からい」と言っていても実際どれだけ辛いのかよくわからないが(苦い、と言いたかったのかも)、遺伝がわかって改めて私たちの子どもなんだなぁと。愛おしい。

 

プラネタリウムに行った頃にはもうお疲れだったらしく、息子は星の降る中すやすやお昼寝。ついでに夫も口開けて大殿籠もっていらした(プラネタリウムの性質上、暗い中で上を見上げているので仕方ない(笑))。

 

マイアミはグルメで有名だが、有名なお店はダウンタウンやビーチにあり、駐車場がなかなか見つからないので、ちょっと郊外で食べた。ペルー料理に行ったとき、日本から来たと言うとスペイン語で話しかけられて、困った顔をしていたら、どうやらペルーには日系人が多いので、スペイン語もわかると思ったらしい。あぁ、なるほど!ペルー系日系人と間違われるというのは、発想もしなかったが面白い。ついでにめっちゃペルー料理おいしい!セビーチェ!!

 

キューバ料理もどんなもんかと思っていたら、普通に超おいしいステーキが出てきた。アメリカらしいピザも食べたりしたが最後は胃に優しいベトナム料理にした。どのレストランも、ちょっと検索して行ってみた、という感じだったが、どこも美味しくって感激。シカゴはともかくボストンでこれをやると悲しいかなほぼハズレなので、マイアミのレベルの高さが身にしみる。

 

とはいえ、これは夕飯の話。お昼ご飯は、エバーグレーズでのトレッキング中だったりビーチで食べたりしたので、安定のSubway。安定しすぎていて、結局滞在していた期間毎日Subwayだった。こんなにSubway食べたのは人生で初めてだ(笑)。そして毎日同じような時間に買いに行っていたので、シフトに入っている店員さんも同じで私たちのことを完全に覚えていた。私は毎回Turkey Breastで、夫も最初はずっとRoast Beefにしていたが一度注文を変えたところ、それでもRoast Beefが出てきた。これぞ現地交流。

 

キーウェストもマイアミの観光地として有名だが、我が家は息子が長時間ドライブに耐えられないだろうということと、どうやらそもそもドライブメインであまり子どもがそこで遊ぶ、という感じでもなさそうだったので今回は行かなかった。

 

もう少し子どもが大きくなったらダウンタウンやビーチも含めて、もう一度マイアミに行ってみたい。マイアミで蔓延しているコロナも、どうか早く収束しますように!

スーパーヒーロー

シカゴはまだ8月だというのに、肌寒くなってきた。もう夏が終わってしまうのだろうか。短すぎる、、、職場の同僚に「寒くなってきたね」と言ったら、なに言っているんだこいつ、hotとcoldを言い間違えてるんじゃないか、みたいな顔をされたけれど(笑)。シカゴ人的にはまだ暑いのかな。

 

11月の大統領選に向けて、コロナ問題がますます政治色を帯びてきた。アメリカが他の国に比べてコロナを抑えきれていないのは色々な理由があると思うが、政治問題化しすぎて、客観的に事実を見れなくなってるからな気がするこの頃。

 

バスケや野球部の無観客試合が始まって、「同じ動画でも過去の動画じゃなくて新しい動画を見られるのはいいことだ」とこれまた同僚が言っていたが、夫に連れられてNBAの試合に行ったのももはやセピア色の思い出。かなり昔のことな気がする。最後に行ったのは、ワシントンの八村選手がシカゴにきてブルズと戦うという試合だった。ちなみにワシントンウィザーズは、マイケル・ジョーダンが最後にプレーしたチームなので、息子も大好きだ。試合自体の注目度は高くないため、チケット代がそこそこお手頃で、でも日本人的には一度は八村選手見ておきたいし、ということで狙い目の試合だった。

 

が、直前に期待の八村選手がなんとも言えない怪我をしてしまって、出場できないことに。ワシントンウィザーズのベンチの真後ろの席だったのに!!

 

試合は時間どおりに始まったが、八村選手の姿はどこにも見当たらない。そして気付いてしまったのだが、ベンチに近い席は、コートとほぼ同じ高さなので、試合が見にくい。というか、全然見えない。だってベンチの選手が立ち上がって壁を作っているから。選手って、あのNBAの選手です。背が高過ぎて、ちょっと席から腰を浮かせても意味ないし、何なら立ち上がったとしてもコートは見えない。

 

そこに、、、なんと現れました、私服の八村選手!かっこいい!!でっっっかい!!!

 

八村選手のユニフォームを着た息子を夫が掲げてアピールするも、彼には届かず。我が家だけではなく、ベンチ近くの席はめずらしく日本人だらけで、みんな日本語話していたし、気づいたと思うんだけどなーー。夫曰く、振り向かない八村選手は本物のスターっぽいとのこと。が、私の観察によれば、八村選手、ずっとお菓子食べてた(笑)

 

そんなとき、静かだけれど本人なりに目力で猛アピールしていた息子に、次のタイムアウトかなんかで出るためにベンチ脇で軽く体を動かしてアップしていたウィザーズの選手が気付き、息子にグーでタッチしてくれた。すみません、名前は覚えられなかったのですが、背が低いけれど俊敏な動きをする素敵な選手です。しかも、"Arigato"と言ってくれた!!

 

というわけで、私のミーハー精神は完全に満たされて、ゆっくり試合を(直接ではなく)スクリーンを通じて観ることができた。

 

今回はシカゴブルズいい感じで、特にラビーンからリーダーのオーラがむんむん出ていた(やはりスクリーン通じてだけど(笑))。負けると思っていたときに一本入れる、そして流れを変えて勝利に持っていく。一本のシュートってたった2点何だけれども、彼の一本は2点以上の価値がある。スラダンでも木暮さんの一本はよかったなぁ。なお、八村選手は、スラダン読んでないらしい、、、驚き!

 

コロナ禍の中、リーダーシップが説かれる機会が多くなっているが、ラビーンのようなリーダーシップは、なかなか現実世界では難しいだろうか。バスケと違ってみんな同じルールに従っていないからなぁ。

 

例えば、女性のリーダーの国におけるコロナ対応が注目されたりしているが(これは議論あるところだと思うので、「女性だから」という側面を強調しすぎるのはよくないとは思うが、世界の中の女性リーダーの数の少なさにびっくりした)、ケネディスクールの教授が卒業生向けに行ったウェビナーに「スーパーヒーローにみるリーダーシップ」というのがあった。

 

想像どおり、教授はヒーローものが大好きなようで、スーパーヒーローのTシャツを着ていた。スーパーヒーローの物語はフィクションで、現実には起こりえないことだけれども、子どもの頃から、私たちは彼らの物語を見て善悪を学んでいくし、価値観に影響を与えている。なぜなら、フィクションだからこそ、価値観を揺さぶるような場面を設定することができ(自分の大切な人一人を助けるべきか、10人の子どもを助けるべきか、など)、そこで根本的な問いとヒーローを対面させる。ヒーローとしてのリーダーシップがここに現れる、ということらしい。

 

息子に教えてもらうまで、全くヒーローものを知らなかった私としては(日本の仮面ライダーくらいなら聞いたことあったけれど、アメリカのヒーローは、スーパーマンとスパイダーマンが違う人であることすら知らなかった)、あまりすっと入ってくる講義ではなかったけれど、ヒーロー物語の場面設定は、ハーバードのサンデル教授の問題提起と似ていて、子ども用と思っていたヒーローものも、結構深いなぁ、だからずっと人気あるんだなぁとしんみりした。今のコロナの状況も、言ってみれば誰も想像していなかったような、価値観を露わにする異常な場面設定ではある(だからこそ、今までもあったBlack Lives Matterの運動が今回盛り上がりをみせたのだろう)。

 

が、息子にせがまれて読むヒーロー系の絵本たち、、、全部ほぼストーリー一緒に見えますけど。ヒーローの種類多過ぎて覚えられませんけど。その割には、ちょっと女性少なすぎじゃありませんか。。。

 

息子もついに、「何でいつもヒーローが勝つの?おかしくない?」と。疑問を持つことは大切ですね。

AIのあれこれ

夫が履修していた授業の宿題で、West Worldというドラマを見る、というのがあった。夫婦で仲良く見るはずが、あまりに難解かつ結構怖い内容で、凍りつつ見ることになったのだが、感想としては、めちゃめちゃ面白かった!(笑)

 

人間が作ったロボットで創られた虚構の世界、West World。そこはアミューズメントパークで、カウボーイの世界だったり、ナチスドイツの世界だったり、日本の侍の世界(いかにもアメリカ人が幻想抱いている日本)だったりが再現されている。相手がロボットなので、それこそ銃や刀で殺したりするのもOKで、何でもやりたい放題。ロボットはあらかじめ設定された台本に基づいて行動するが、そのうちに自我が芽生え初めて、人間に対抗していくようになる。そして人間から自立してWest Worldを脱出し、人間の世界にくるが、人間の世界もまた、巨大なコンピューターにプログラムされ制御されている世界だった。。。

 

確かに最近はターゲット広告などの精度もどんどん上がっていて(味噌がドル表記で出てくる・・・私がアメリカにいる日本人であることは完全にばれている)、ネットショッピングも「自分で」欲しいと思ったのか、広告から欲しくなるように誘導されたのか、よくわからない部分はある。自分の「選択」とか「自由」を脅かされることへの恐怖が、知らないうちにデータをとられて操られているんじゃないかという薄暗い闇が、コロナ対応としての接触アプリの導入を阻んでいる。でも、そもそもターゲット広告がなかったとしても、○○さんが使ってたからとか(インフルエンサーでも家族でも友人でも)、有名だからとか、オーガニックがよさそうだ(とみんな言っている)からとか、色々と周りから影響を受けて買うものを決めている。

 

人間だから全部自分で決めているわけじゃないとすると、autonomyってほんとは存在しないんじゃないかとか、「選択」とか「自由」とかって、AIと人間を区別するものではなくって、そこは同じなんじゃないかとか。

 

そうすると、AIにとってかわられるんじゃないかというSF的な話になるが、この前東大のウェビナーでは(コロナのお陰で日本にある東大のも参加できるのはありがたい)、これには結構まだまだ道のりは遠いそうだ。

 

AIはディープラーニングとよばれる方法で自ら学習していくが、問題なのは、人間もAI自身も、なぜその結論に至ったのか説明できないことらしい。名前のとおりディープなところで何かが起こっていて、解析不能。これを言語化(=論理的に説明)することがまず重要な一歩。

 

今までは、「目が2つあって、その下に鼻が1つある。さらにその下に1つ口があって・・・」と、「人間」の特徴を一つ一つ積み上げるようにインプットして学習させていたらしい。でもこの方法だと、一つでも構成が崩れると全部だめになってしまうので(目の下の鼻が見つからないと、その下にある口を見つけることも体を見つけることもできなくなる)、構成として弱い。そこを今の技術では、自分で人間の特徴を学習していく、という方法に変えたらしい。

 

個人的に気になっているのは翻訳AI。前も書いたけれど、ドラえもんのほんやくコンニャクをくれーーーと何度思ったことだろう。ネットでフリーに利用できる自動翻訳は、ちょっと前よりよくはなってるけど、まだまだな感じでドラえもんの世界にはほど遠い。

 

この翻訳AIについては、単語の「イメージ」を含めた多次元で訳語を構築していくらしい。「シカゴ」といえば、都市名だけじゃなくて、windy cityだとか、冬が長くて厳しくてマジ無理、とか(笑)。多次元に構築していくと、man - womanの軸とking - queenの軸が平行になる。

 

もっとも、その教授曰わく、目指すのは翻訳AIのような目的別AIではなく、人間の脳のような万能AIだそう。研究は、大学別だとアメリカダントツ、企業別だとGoogleなどアメリカ企業と並んで中国企業が大きな割合を占めていて、日本よもっと頑張れ!という感じだった。もっと技術大国のイメージあったんだけどなぁ。データが英語の論文数だったので、もしかして、英語で論文書いてないだけ、、、?やはりまずは翻訳AIか。(笑)

 

面白かった技術は、敵対的生成ネットワークというもの。2つのネットワークを構築するのだが、例えば1つはなるべく似ている画像を生成し、もう1つがその画像が元の画像と同じかどうかを判断する。1つ目のネットワークは、2つ目のネットワークをなるべく騙すように学習し、2つ目のネットワークは、1つ目のネットワークに騙されないように学習する。そうやって、精度の高い画像を生成していく。

 

この騙しあい合戦で学習していくという発想が本当に面白い。学習量を増やすのではなく、敵対的なネットワークをおいて競争させる。人間でもありそう。

 

ただ、例えば本人そっくりの画像なんかが生成できちゃうので、フェイクニュースに使ったり悪用の方法はたくさんあるよう。国際法も国内法も何も関係ないテロ組織が使うと大変、、、AIが戦争するようになったら、怖い。

 

MIT Media Labの学生は全員、まず色んなものをどうやって作るのかを学ぶ、と聞いた。本当に様々なものを作るらしいが、MIT Media Labにはひととおり何でも道具はあるので(3D printerも使いたい放題)、びっくり全部作れちゃうらしい。案内してくれた人によれば、「howを学んで、そこからwhatの重要性を学ぶ」ということなのだそうだ。つまり、何でもやろうと思えば、工夫やアイディアによって実現できる。大事なのは、何を作るか、何を実現したいか、ということ。

 

MITの教育理念が素敵すぎて、息子がMITに入学してボストンにまた戻ってくるというのもいいな、なんて妄想が止まらなくなってしまう私。AIも妄想とかするのかな(笑)

SympathyとEmpathy

シカゴではギャングが暴れ始め、銃撃戦による被害者なども出てきて、トランプ大統領とシカゴ市長が政敵なこともあり、トランプの指示で動く連邦軍が、民主党政権のシカゴに投入されるか、というところまできている。シカゴ市長はあくまで連邦軍は拒否(連邦軍にかこつけてトランプ政権が色々悪いことするから)、ただしギャングや銃撃戦について連邦法違反の調査のためのFBIなどには協力する、というスタンスだ。

 

コロナやBlack Lives Matter(BLM)の運動があって、さらにギャングや銃の問題もあって、シカゴ市長が記者会見をやらない日はほとんどないんじゃないかと思う。それから最近では、南北戦争のときの南部(=奴隷州)の英雄や植民地化を彷彿させる英雄の銅像が全国的に次々に壊されており、シカゴも例外ではなく市民と警察官が衝突し負傷者が出たので、しばらくの間撤去されることになった。

 

前はデモといえば、コロナによるロックダウンに反対するデモだったが、そこにBLMが加わり、今は連邦軍の投入に反対するデモやヒスパニック地位向上を主張するデモなどもあり、毎日のように在シカゴ日本領事館から、デモのお知らせメールが届く。あと、おそらく我が家の隣りのホテル、営業を再開してから、シカゴ市外からデモに参加する人の宿泊先になっている気がしている。多少のエチケットはおくとしても、マリファナ吸い過ぎ、、、隣りのホテル、こんなこと今までなかったので、多分組織的に集まってやってるんだと思われる。。。

 

他方で、経済の再開は段階的に進んでいて、美術館や博物館もドアを開け始めた。様子見も兼ねて一人で現代美術館に行ってみたら、「美術鑑賞より命が大事」などと書いたプラカードを持った人たち(若者が多かった)が座り込んでいた。そうだよなぁ、と思ってうろちょろしていたら、「入口はあっちだよ」と教えてくれた。親切でびっくり。

 

館内は想像以上に混んでいたのだが、展示の内容に本気を感じた。コロナ前のアートではあるが、コロナでテーマとなった「loneliness」や「connection」を鍵にして集めたアート、最近の排他的な移民政策を受けて、メッセージ成功溢れる「diversity」や「integration」をテーマにしたコレクションなど、文字通り価値観が揺さぶられるような展示の仕方だった。今まで現代美術って意味不明って感じだったけど(まぁ今回もそういう作品がなかったわけではないけど)、Collectionにもdesignがあるのだというメッセージが、すっと入ってくる。

 

伝統的な美術館は、国ごとや時代ごとに作品を並べている。だけど、例えば仏像の横に現代のアメリカ人女性の写真を並べたらどうだろう。アフリカの現代アートの横に、ヨーロッパの貴族の肖像画を並べたらどうだろう。すごいぐちゃぐちゃになるんじゃないかとも思えるけれど、何か「似ている」作品が隣同士に並んでいて、面白い発見がある。

 

写真って今まであまりアート作品として触れたことはなかったのだけれど(不思議だけど携帯で手軽に写真撮れる割には身近じゃなかった)、写真家が計算して撮った写真というのを見て(解説つきでだけど)、奥深くってまじまじ見入ってしまった。白髪のおじいさんと若い女性のツーショット。二人の距離から「親子かな」と思ってしまうが、実際は赤の他人。同じ女性が別の男性とやはりツーショットを撮っており、これもまた親子に見える。この2枚の写真を並べて展示する、写真家の思考実験の一環だった。

 

本当に価値観が変わるようなことが毎日色々起こるが、デモで行動している人たちを見ると、ニュースを流し聞きするだけではなく私も行動したいと思う気持ちが出てくる。英語だと、sympathyというと、自分は感じることはできないけれど他人の気持ちを理解する(日本語だと同情?ちょっとニュアンス違う気が)、という意味で、empathyは、他人の気持ちを自分の気持ちとして感じる(日本語だと共感)、という意味。そこでsympathyじゃなくempathyを持とう、当事者になろう、ということがよく言われたりするが、当事者として経験していないことは理解できても自分のこととして感じることはできない。黒人差別の歴史について学んで理解しても、私はそれを自分のこととして感じることはできない。でも、それでいいような気がしてきている。経験していないことを自分のことのようにわかったふりをするのはむしろ見誤る可能性があるし、当事者にない視点を持つことも価値がある気がする。

 

友人が、社会をカスタマイズする方法としての公共訴訟、ということで公共訴訟のプラットフォームを立ち上げた。何か問題があったときに、問題を解決していくのではなく、それを問題にした社会の方をカスタマイズしていく、という発想が面白い。例えば公害という問題があったときに、訴訟で争うことで、公害被害者を救うだけでなく、公害を容認していた行政を変え社会を変えることができる。LGBT+の問題も、今までの価値観から社会をより住みやすくするための一つの方法として、訴訟という方法がある。

 

このように、訴訟というのは当事者だけでなく、制度や社会の価値観にインパクトを与えることができる。だから「公共」訴訟というのだが、これには訴訟で当事者として戦っている個人だけでなく、たくさんの応援する人が必要。友人がやっているプラットフォームは、その個人と応援する人をつなげるものだが、応援する人をより獲得していくには、当事者の思いをうまく伝えなければならない。

 

そこで、そのプラットフォームでは、訴訟の概要だけでなく当事者のストーリーも公開している。これは当事者が明るみに出ることと引き換えなので、写真や実名の使用には十分気をつけないといけないが、友人曰わく、ストーリーを出すときのポイントは、「怒りだけではなく前向きなイメージを入れること」だそうだ。怒りだけだと共感できないかもしれないし、当事者ではないからそこまで強い感情は持てないこともある。でもそこに「応援しよう」と思わせる前向きなメッセージを込めれば、反応が変わるそうだ。もちろん、怒りは出発点だったりするし、これでハッピーエンドです、と問題を単純化して終わりにしてはいけないのだけれど。

 

英語には、compassionという言葉もある。日本語だと「思いやり」などと訳されたりするが、これはさらに行動をとる(take action)ことまで含まれる。よく「知ることから始めよう」と言われるが、この情報社会、知っていることはたくさんあって、知らなくてもすぐ調べて知ることができる。だから、大きなハードルは、知ったことをもとに行動に移す段階で、そういう意味ではcomapssionを持つことが一番大事なのかもしれない。友人のプラットフォームは、当事者のストーリーから「知る」「理解する」という機会を提供し、さらに応援したいと思ってもなかなか何をしたらいいかわからない人に行動を促している。本当に素敵。

コロナとこのままどこに向かうの?

あれよあれよとコロナ患者数が増えてきて、またロックダウンになるのではという雰囲気が出てきた。マスクの装着率からみても、アジアほどには高まっておらず、まぁそうだろうなという気もする。イギリス低すぎ、、、



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コロナの後どうやって経済や社会を立て直していくかという「after コロナ」の議論ではなく、コロナとどう付き合い、向き合いながら経済を保っていくかという「with コロナ」の議論に重心も移ってきた印象だ。

 

またまたハーバードのウェビナーに参加してみたところ、またまた3段階に状況を分けて説明していた。

 

①第1段階

(1)政府の権限の限界、(2)情報の正確性、(3)労働者の保護などの法整備、が問題になるという。

 

(1)政府の権限の限界

コロナ感染者数増加を防ぐために、政府がどこまで何をできるかということ。特にアメリカは連邦制をとっており、連邦政府の権限は最小限に抑えられているので、できることが限られている。。。という説明だったが、実感としては、その分州政府の力が強く、これといった議論もないまま強硬手段=ロックダウンが決定された、という印象だった。経済政策や福祉支援は後回し。当初は「とにかくやばいから明日からロックダウンします!大変だと思うけど、対策はあとから考えるからさ。」という感じだった。急すぎてもう「えーーー!!」というリアクションしかするしかなかったが(事務所に書類置きっぱなしだったし、いきなり保育園閉められてもどうやって家から仕事すればいいんだって感じだし、スーパーにはそりゃ駆け込むけど行ったら既に品切れで明日からなに食べればいいんだって感じ)、今から振り返ると、君たちをほったらかしにはしないよ、という約束は一定程度果たされて、最近は色々な支援策が発表され始めた。日本はどちらかというとロックダウンに慎重で、当時はそれが私には政府の権限行使が抑制的に見えて、好印象だった(批判されていたみたいだけど)。

 

そして権限が小さいはずの連邦政府は、外交関係においては多大な権限を有している(というか連邦政府が独占している)ので、やりたい放題。「アメリカの雇用を守る」とビザの発給を止め(私のビザも更新できなくなった)、(ウィルス持ち込む可能性のある)留学生はアメリカに来るなと言わんばかりの方針を打ち出した。いやいや、世界一コロナ感染者数多い国はアメリカだから。それはアメリカ自体に理由があるからだから。

 

既にアメリカに留学している留学生でも、留学先がオンライン授業のみの場合は、帰国するか対面授業を提供する学校に転校しろというのもひどすぎる。コロナ対策ならば、移動することを強いるのは変だし、学校には対面授業を促進させる可能性もあり、オンライン化とは逆方向だ。これにはオンライン授業に完全移行することを発表していたハーバードとMITが反対して訴訟になり、他の大学も猛烈に批判して、ついに撤回された。でも、全世界の学生に、「アメリカは留学先として最悪」という印象を与えてしまったことのダメージはかなり大きいだろう。。。

 

(2)情報の正確性

コロナを利用して不安を煽る広告やフェイクニュースなど、情報の正確性が問題になった。この点、ニューヨーク州のクオモさんなんかは評価されていて、毎日データを提供し続けている(マッキンゼーがコンサルタントとしてアドバイスしているらしい。こういう形のビジネスと政府の共同は、日本ももっと見習うべき!)。シカゴも、私の大好きなライトフット市長や、超金持ちのイリノイ州のプリツカー知事(金持ちの別荘が立ち並ぶレイクジェニーバという場所があるのだが、この州知事、ロックダウン直前あたりのときに湖でスピードボートを飛ばし、スピード違反で捕まったらしい(笑)。同地に別荘を持つやはりお金持ちの知人に案内してもらって州知事の別荘を外から眺めたが、いやもう半端ない超金持ち別荘だった。)が、連日記者会見や専門家との対談を行っている。正確な情報を、透明性をもって伝える。これこそ政府の役割、といった感じ。

 

他方日本は、政府が持っている情報を、国民の方から情報公開請求などで求めていく、という姿勢が強いような気がする。友人がやっていたセミナーでは、「情報はもらうものではなく権利」と言っていたが、政府が持っている情報はそもそも国民のもの、だからシェアしなきゃいけない、という姿勢にもっとなればいいと思う。政府が情報を選択的に小出しにしていれば、それは管理社会だ。福島の原発事故のときだって、もっと透明性があれば防げた混乱があったように思う。もちろん情報公開請求が制度としてあるのは大事だが(国民からのチェック機能もあるし)、そうではなくて、正しい情報を積極的に国民と共有する、という考え方に変えていくべきだと思う。

 

(3)労働者の保護などの法整備

例としてあげられていたのが2つ。1つ目は、医者が、病院の医者に対するコロナ予防策が不十分だと反対して勤務拒否した場合、病院がその医者を解雇したら、それは不当解雇か。コロナは医学的にまだ確定しておらず、対策といっても何が完全かはわからない。病院としてもできることに限界がある。他方で医者も人間である。。。2つ目は、コロナの疑いがある従業員の勤務を会社が拒否した場合。会社としては、コロナの感染を防ぐ必要がある。だが従業員はコロナにかかっていないと言い、給料をもらうために勤務したい。コロナと判明していれば勤務拒否できるが、疑いにとどまるときはどうか、、、これはコロナの疑いがある=「障害者」として、障害者差別にあたるのか。。。

 

アメリカは基本的に解雇は自由なのだが、差別による解雇は許されない。不当解雇かどうかで社会的にも経済的にもかなり大きな違いが出るが、このあたりの法整備はまだまだ時間がかかるだろうから、個別に争っていくしかない。

 

②第2段階【←今ここ】

(1)患者の優先順位、(2)個人情報保護、が問題になるという。

 

(1)患者の優先順位

コロナ感染患者を優先して、他の患者を後回しにしているというのが現状。小さなことだが(私の睡眠という意味では超重要だけど)、夫の鼾外来もキャンセルされた。パンデミック真っ盛りの今ならばいいが、このまま長期間続くと、非急患であっても放置しておくと防げた病気も防げなくなってしまう。

 

そしてコロナ感染患者内での優先順位も問題で、高齢者と若者どちらを優先するかという悲しい問題に直面する。

 

(2)個人情報保護

コロナについて政府から正しいデータを提供してもらうには、一定の個人情報を政府に国民から提供する必要がある。日本でも政府提供の接触アプリが始まったが、個人情報保護や管理社会の危険性を、全て「本人の同意」で情報を取得したということで問題解決としてよいのか。政府による個人情報の使い方を、誰がチェックするのか。

 

③第3段階

(1)免疫を獲得した人とそうでない人の区別、(2)ワクチンの検証方法、が問題になるという。

 

(1)免疫を獲得した人とそうでない人の区別

もっと時間がたつと、免疫を獲得した元コロナ患者という人たちが一定層出てくる。彼らはコロナ感染リスクが低いため、外出を禁止する必要性は小さく、むしろ経済を動かすためには出てきてほしい、という考え方も出てくる。immunity passportやcertificateを発行して、免疫があることを証明すれば、自由に移動していい。

 

すると、免疫のある人とない人で格差が生まれる。免疫のある人だけが外に出て働くことができ、給料があがる。企業は免疫のある人を積極的に採用するようになる。学校でも、免疫がある人だけが対面授業を受けられる。そうすると、コロナで重患になるリスクをおかしても免疫を獲得しようとする人が出てくる。

 

(2)ワクチンの検証方法

ワクチンの開発が進み、いよいよ臨床実験という段階になったとき、誰を対象者とするのか。若い人を優先するのか、あるいは逆に死亡の可能性が高い人で実験するのか。何も効かないのであれば、何でも試してみたいという患者もいるだろうが、例えばお金持ちがお金でワクチンを買うというのが許されるのか。患者の優先順位と似ているが、また違った視点も加わる。

 

コロナは本当に色々な問題を投げかける。早くafterコロナの時代が来てほしいが、これらの問題には答えていきたい。

 

Mask up or Lockdown

アメリカでのコロナ件数は相変わらず上昇傾向で、でも自宅待機命令が解除されてどんどん皆外に出てきた。「いつも持ち歩いているの」といってアルコールを染み込ませた紙をジップロックに入れて、何かに触る前に必ず消毒する人もいれば、「コロナに最初に感染した人に賞金!」といってパーティーをしている人たちもいる。

 

シカゴの中心部はかなりマスク率は高いが、暑くなってきたのもあるのかマスクを口ではなく顎につけている人が半分くらいになってきた。気持ちはわからんでもない、、、シカゴの冬はマイナス30度だったのが今はプラス30度。日本のクールタイプのマスク、アメリカでも手に入らないかな、、、日本ってこういうビジネス対応が早くって日本企業の技術力の高さと意志決定の早さに驚く(よく批判されているより日本企業ってすごい気がする)。とにかく、またロックダウンにならないように、みんなマスクしましょう。

 

先日参加したハーバードアルムナイ主催のウェビナーによれば、この3ヶ月でアメリカは3つの危機に直面したという。

 

①公衆衛生危機

コロナで露呈したアメリカの公衆衛生の脆弱さ(やっぱり日本に比べたら街が汚いし、衛生観念も相当低いと思う。そして医療へのアクセスが厳しすぎる。)、そして「公衆」といったときにどれほどグローバルに考えなければならないか、という問題。トランプ大統領はWHOが中国寄りだとして脱退を表明したけれど、そういうことじゃないだろ、、、と顔をしかめずにはいられない。

 

②経済危機

ロックダウンによる経済停滞。私の実感としては、国内のロックダウンだけでなく、グローバルにヒト・モノが自由に動いていたのに、これを国境をシャットダウンすることで止めたことによる影響は、「国」という単位を再意識することにもなり、世界単位で考えなくてはいけないのに国粋主義に走りがちな気もする。

 

③社会的危機

①や②の危機が、社会的に不公平に影を落としている。白人警察による黒人の不公平な取り扱いは昔からあった問題だが、①②の危機により、よりシャープに露呈した。人種差別(racism)が①②に共通した背景になっている。誰の言葉だったか忘れてしまったが、"we have to be visible"と言っていて、今まで見過ごしてきた問題に改めてスポットライトがあたった時期なのだと思う。

 

ただ、今まで見過ごしてきた問題なだけに、そして解決されることなく常に社会の根底にあった長い歴史を持つ問題なだけに、今デモやプロテストしたとしても「結局変わらないのではないか」「何で今回は違うのか」という批判はされるところである。SNSの活用やビデオなどのビジュアルな記録の存在、などが指摘されているが、あるセミナーでは"This will be different because we choose to be different"と活動家が言っていたものの、ここは本当に難しいと思う。

 

今回のBlack Lives Matter運動を受け、ある権威のある辞書は”racism”の定義に制度的抑圧を含めるよう修正したらしい。こうやって、言葉の意味が変わり、人々の意識が少しずつ変わっていくと信じたい。

 

これらの危機は法律事務所にも影響を与えているが、ハーバードの分析によると、全てがオンラインになったほかは目立った傾向はないという。給料カットや人員削減、新規採用の停止なども、ないとは言わないが他の業界に比べれば微々たるものとのこと。弁護士って不景気なら不景気で倒産やリファイナンスなど、仕事はあるからなぁ。。。すごい商売。

 

何か弁護士ってハゲタカみたいで嫌だなと思っていたとき、最近私が毎日チェックしているシカゴ市長のライトフットさんが、所属する事務所のオンラインセミナーに参加するとのことで、私も参加した。ライトフットさんは、シカゴ大学ロースクールの卒業生で、シカゴの大手法律事務所で働いていた弁護士でもある。

 

ライトフットさんの一番の懸念は、世論が二極化していき、どちらのサイドも歩み寄ろうとせず、どんどん極端になっていることだという。でも、そこにこそ弁護士のスキルが生かせる。つまり、弁護士は言葉と論理で(暴力ではなく)相手を説得させる、というスキルを持っているのであり、交渉のプロ。弁護士にこそ二極化した世の中の架け橋になってほしい。

 

おぉーーー。感動した(笑)。メッセージ性溢れる、前向きになれるセミナーだった。政治家だからなのかな。バラク・オバマも、頑張っている若者のストーリーを紹介して「だから未来は明るいと断言できる」と前向きなメッセージを発していたが、ライトフットさんも夢を持たせてくれる人だった。

 

シカゴのロックダウン解除は6月3日からの予定だったが、ジョージ・フロイドさんの死とそれを受けたBlack Lives Matter運動のプロテスト、そこから発展した暴動により、6月1日の時点で、ダウンタウンの通りはゴミとガラスの破片だらけ、レストランやお店は破壊されて盗難にあい、公共交通機関もストップしていた。この状況を受け、ライトフットさんはロックダウン解除を延期すべきかどうか迷い、街を歩いてシカゴの人たちにどう思うか聞いて回ったそうだ。

 

すると、みんなロックダウンは解除すべきだと主張したという。商品が略奪されて売るものもなくなっていても、お店が破壊されて現実には6月3日に再開することは無理だとしても、「従業員も客も待っている」「暴力に影響されてはいけない」「コロナとは別に考えるべき」「シカゴの経済を動かす時がきている」などと、力強かったそうだ。ライトフットさんは、前向きなシカゴの人たちの思いを受けて、自信を持ってロックダウン解除を予定どおり実行することを決断できたという。

 

Don't talk about it but be about it.

 

先に挙げた活動家の言葉だ。BLM運動が再熱してから1ヶ月以上たつが、この間の独立記念日も、花火大会などのイベントは中止された一方で(でもなぜか私のアパートから花火がたくさん見えた。個人で花火をあげているのだろうか(違法だけど)、、、それともちょっと郊外では花火大会を決行したのかもしれない。いずれにしても、地平線が花火で埋め尽くされるのは初めての光景だった。)、大規模なBlack Lives Matterのプロテストが行われた(一部暴動に発展したが、平和的なデモだった。)。ただ批判するだけでも、あるいは議論するだけでは、結局問題を第三者的に見ているだけ。でも私の目の前には、たくさんの人たちがbe part of itを実践してデモに参加していた。もちろんデモに参加するだけが手段ではないが、その人数の多さと団結力に驚き、これが、アメリカのいいところかもしれないと思った。